最高裁判所第二小法廷 平成6年(行ツ)234号 判決 1998年4月24日
上告人
戸所慶造
外三名
右四名訴訟代理人弁護士
木村和夫 林良二 大川隆司 山内忠吉 畑山穣
川又昭 山田泰 堤浩一郎 陶山圭之輔 宮代洋一
佐伯剛 星野秀紀 小野毅 小賀坂徹 伊藤幹郎
岡田尚 星山輝男 芳野直子 杉本朗 山崎健一
増本一彦 岡村共栄 岡村三穂 岩村智文 児嶋初子
篠原義仁 南雲芳夫 西村隆雄 根本孔衛 畑谷嘉宏
藤田温久 三嶋健 池田輝孝 荒井新二 藤本齋
黒沢計男 船尾徹 浜口武人 寺村恒郎 飯田幸光
渡部照子 清野順一 鷲見賢一郎 青木和子 鈴木克昌
羽鳥徹夫 森賀幹夫 長澤彰 生駒巌 大野裕
中野和子 横山聡
被上告人
根本康明
右訴訟代理人弁護士
石津廣司
被上告人
茅ケ崎商工会議所
右代表者会頭
亀井文夫
主文
原判決を破棄する。
本件を東京高等裁判所に差し戻す。
理由
別紙上告代理人目録記載の上告代理人の上告理由について
一 本件は、茅ケ崎市(以下「市」という。)の住民である上告人らが、被上告人茅ケ崎商工会議所(以下「被上告人会議所」という。)に派遣された市の職員に対する給与支出が違法であるとして、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、市長である被上告人根本康明(以下「被上告人根本」という。)に対しては支出給与相当額の損害賠償を、被上告人会議所に対しては同額の不当利得の返還を求めるものである。
二 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
1 被上告人根本は、昭和六三年三月二三日、市長として、被上告人会議所との間で、市の職員を被上告人会議所に派遣することにつき、派遣期間は三年とするが協議の上これを延長又は短縮することができること、被上告人会議所は、派遣された職員を同会議所の職員に併せて任命し、双方の身分を併有させること、派遣職員に対する給与の支給、休暇、分限、懲戒及び福利厚生については、市の関係規定を適用して市が行うこと等を定めた協定(以下「本件協定」という。)を締結した。
2 被上告人根本は、昭和六三年四月一日、市立病院事務長であった市の常勤職員(以下「本件派遣職員」という。)に対し、市長公室付とした上、被上告人会議所へ派遣する旨の命令を発し(以下、右命令による派遣を「本件派遣」という。)、同日、茅ケ崎市職員の職務に専念する義務の特例に関する条例(昭和二六年茅ケ崎市条例第六一号。以下「本件免除条例」という。)二条三号の「前二号に規定する場合を除く外市長が定める場合」という規定に基づき、一年間の職務専念義務の免除(以下「本件職務専念義務の免除」という。)をした。
3 本件派遣職員は、昭和六三年四月一日、被上告人会議所の専務理事に任命され、会頭及び副会頭を補佐し、所務を掌理していたが、市は、同年一〇月三一日をもって本件派遣を取りやめた。本件派遣職員は、その間、計七回、市の政策会議に出席した外は、被上告人会議所で勤務していた。市は、その間の給料及び期末・勤勉手当合計五四一万六二五〇円を本件派遣職員に支給した(以下「本件給与支出」という。)。
4 商工会議所は、地区内における商工業の総合的な改善発達を図り、兼ねて社会一般の福祉の増進に資することを目的とする法人であって(商工会議所法六条)、営利を目的とせず、特定の個人又は法人その他の団体の利益を目的として事業を行うものではなく(同法四条)、一般の民法上の公益法人と比較しても、かなり高度の公共的な性格を有する法人である。
5 市では、昭和六〇年から六二年当時、低迷している市内の商工業の活性化が重要な課題となっており、そのため、市は、被上告人会議所との緊密な協力関係の下に、市内の商工業発展のための各種事業を実施していた。また、市は、昭和六二年に、中小企業庁によって商業近代化地域計画策定地域に指定され、被上告人会議所が、地域の商業の中長期にわたる見通しの下に、商業の側からみた住みよい街造りの計画を策定することになっていた。右計画は、被上告人会議所が策定主体となるものではあるが、市の商工行政に大きく影響するものであり、地域の土地利用及び都市施設・交通体系の整備という行政が担うべき諸政策を踏まえて商業近代化のための方途を明らかにするものであるため、その策定及び実施には、市との緊密な共同体制を必要とするものであった。
6 右のような状況の下、被上告人会議所から、昭和六三年三月限りで退任する専務理事の後任として市職員の派遣を求める強い要望があったため、市は、右職員派遣について、被上告人会議所と協議し、検討した結果、昭和六二年一二月ころ、(1) 産業振興や観光客の誘致等、他の地方公共団体では自ら行っている事業についても、市では被上告人会議所が主になって行っているため、市としても、応援を求める同会議所の意向に沿う必要があったこと、(2) 市では、商工業が相当に落ち込んでいるので、今後更に被上告人会議所と協力して商工業の振興に当たらなければならないとの認識があったこと、(3) 市の職員を派遣することが、被上告人会議所との連携を強め、商工業の進展、街の活性化につながると考えられたこと等の理由により、市の職員を被上告人会議所の専務理事として派遣する方針を固め、前記のとおり、本件協定を締結した上、本件派遣をしたものである。
三 右認定事実の下で、原審は、次のとおり判断し、上告人らの請求を棄却した。
1 被上告人会議所が市の行政組織に属さず、その事業が市の事務と同一視することができるものでないことは明らかである。したがって、本件派遣職員が被上告人会議所において行う職務をもって、地方公共団体がなすべき責めを有する職務であるとはいえないから、本件派遣は、本件派遣職員の職務専念義務との抵触を生じさせる。
2 本件派遣は、市内の商工業の発展、活性化を図るための施策の一環としてされたもので、その派遣先は高度に公共的な性格を有する被上告人会議所であって、前記認定の事実によれば、派遣の必要性、合理性が存在するものと認められるから、派遣自体に特段の問題はない。そして、本件派遣職員の身分及び処遇の保障の観点から、市の職員としての身分をとどめ、かつ、市が給与を支給する必要性があったものと認められる。本件派遣という個別の事案に即してその全体の流れを見る限り、本件職務専念義務の免除をした被上告人根本の措置が、その裁量権の逸脱、濫用にわたるものとまでは断じ難い。
3 本件給与支出は、茅ケ崎市一般職員の給与に関する条例(昭和二六年茅ケ崎市条例第七四号。以下「本件給与条例」という。)に基づいてされたものであるが、その一一条は、勤務しないことにつき任命権者の承認があったときには、給与を支給すべきことを定めている。本件では、被上告人根本により、本件職務専念義務の免除がされており、これが違法といえないことは前記のとおりであるから、本件給与支出を違法とすることはできない。
四 しかし、原審の右2及び3の判断は、是認することができない。その理由は次のとおりである。
地方公共団体の職員の給与は条例で定めなければならないとされている(地方自治法二〇四条三項、地方公務員法二四条六項)ところ、本件給与条例一一条前段は、勤務しない時間に対する給与支給の可否について、「職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき任命権者の承認があった場合(勤務時間等条例第一一条の規定による組合休暇の許可を受けた場合を除く。)を除く外、その勤務しない一時間につき、第一五条に規定する勤務一時間当たりの給与額を減額して給与を支給する。」と規定している。また、地方公務員法三五条にいう特別の定めとして制定された本件免除条例は、その二条において職務専念義務の免除の要件を定めている。しかるところ、前記事実関係によれば、本件派遣職員はその派遣期間中市自身の事務に従事していないのであるから、本件免除条例に基づく適法な職務専念義務の免除が必要であることはもちろんであるが、これに加えて、市が本件派遣職員に対して給与全額を支給するためには、本件給与条例一一条前段に定める勤務しないことについての適法な承認が必要であると解すべきである。そして、被上告人根本は、被上告人会議所との間で本件協定を締結した上、本件派遣職員に対し、派遣命令を発するとともに、本件免除条例二条三号に基づき本件職務専念義務の免除をし、派遣期間中の給与を支払ったというのであるから、本件職務専念義務の免除とともに、本件給与条例一一条前段の承認(以下「本件承認」という。)がされたことがうかがわれ、原審も、このことを前提として判断しているものと解される。
そこで、本件職務専念義務の免除及び本件承認の適否について検討すると、本件免除条例二条三号及び本件給与条例一一条前段は、職務専念義務の免除や勤務しないことについての承認について明示の要件を定めていないが、処分権者がこれを全く自由に行うことができるというものではなく、職務専念義務の免除が服務の根本基準を定める地方公務員法三〇条や職務に専念すべき義務を定める同法三五条の趣旨に違反したり、勤務しないことについての承認が給与の根本基準を定める同法二四条一項の趣旨に違反する場合には、これらは違法になると解すべきである。そして、本件においては、本件派遣の目的、被上告人会議所の性格及び具体的な事業内容並びに派遣職員が従事する職務の内容のほか、派遣期間、派遣人数等諸般の事情を総合考慮した上、本件職務専念義務の免除については、本件派遣のため本件派遣職員を市の事務に従事させないことが、また、本件承認については、これに加えて、市で勤務しない時間につき給与を支給することが、右各条項の趣旨に反しないものといえるかどうかを慎重に検討するのが相当である。
以上の観点から本件をみると、本件派遣の目的が、前示のように被上告人会議所との連携を強めることにより市の不振な商工業の進展を図るためのものであったとしても、本件職務専念義務の免除及び本件承認を適法と判断するためには、右目的の達成と本件派遣との具体的な関連性が更に明らかにされなければならないのであって、そのためには、被上告人会議所の実際の業務内容がどのようなものであって、それが市の商工業の振興策とどのような関連性を有していたのか、本件派遣職員の被上告人会議所における具体的な職務内容がどのようなものであって、それが市の企図する商工業の振興策とどのように関係していたのかなどの諸点について、十分な審理を尽くした上、市の右行政目的の達成のために本件派遣をすることの公益上の必要性を検討し、これらに照らして、本件職務専念義務の免除及び本件承認が前記各条項の趣旨に反しないかどうかを判断する必要があるといわなければならない。原審は、前記諸点について何ら具体的な認定をすることなく、前示のように、被上告人会議所と市の置かれていた一般的状況、商工会議所の法的性質、専務理事の一般的な職務権限等から、本件職務専念義務の免除が裁量権の逸脱、濫用にわたるものとまでは断じ難く、本件給与支出を違法とすることはできないと判断しているが、右のような事実のみをもってしては、いまだ本件職務専念義務の免除及び本件承認の適否を判断するには足りないといわざるを得ない。
そうすると、右に説示した点について審理判断を尽くすことなく、本件給与支出の適法性を肯定した原審の認定判断には、審理不尽ひいては理由不備の違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨はこの趣旨をいう限度で理由があり、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、右の点について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官河合伸一 裁判官大西勝也 裁判官根岸重治 裁判官福田博)